技術と経験の積み重ねであるタイヤ作りのハードルを、IRCはときに、野心をも含んだ挑戦心で乗り越えてきた。
開発陣の情熱が実を結んだ、5つのストーリーを振り返る。

episode.3 Get the dream

戦いの中のリスペクト

タイヤメーカーにとってトップライダーは、新規開発に欠かせない存在となっていた。

 オートバイメーカーが高性能スクーターやスケールダウンしたレーサーモデルを次々と発表し、各地に専用のサーキットまで作られた1980年代後半。日本のバイクシーンを象徴する存在のミニバイクでのレースは、趣味として参加するライダーがいる一方で、プロライダーへの登竜門という顔をもつようになっていた。

 バイクの進化とともにヒートアップするタイヤ開発競争の中で、まずMBR710を投入したIRCは、レーシングコンパウンドを採用したMBR710 SUPER SPRINT、さらにレイン用のMBR610を間髪入れず投入。MBR710とMBR610をセットで用意し、レースに臨むライダーが続出するという、大きな成功を収めたのだった。

 それでも開発陣はライバルメーカーの巻き返しに備え、次期モデルの開発に邁進した。しかし、トップシェアの自社製品を超えるタイヤ開発のハードルは想像以上に高く、困難を極めることに。そのためにとった方策が、他社のレース用タイヤを全国のサーキットで走らせながらMBR710より優れている性能を洗い出し、同時にトップクラスのライダーの声に耳を傾けることだった。

 そうして完成したMBR720は見事なデビューウィンを飾り、実力をサーキットで証明。70%を超える圧倒的なシェアを獲得するに至る。ところが好事魔多し──。MBR720の好調ぶりに気が緩み、“打倒IRC” に燃えるダンロップのTT90に、その座をあっさり奪われてしまうのだった。

 自分たちの慢心に気づかされた開発陣は、発展型のMBR730を起死回生の一手として投入するも、なかなか目論見どおりにはいかなかった。何が足りないのか? 何がマイナス要因なのか? 苦悶する開発陣が見つけ出した答えは、レースでは問題ないと考えていたパターン配置に起因する、コーナリングスピードの不足だった。

 後継モデルのMBR740は、パターン配置の見直しはもちろん、さらにはTT90を徹底研究して開発した。それでもMBR730のつまずきが頭をよぎり、確信が持てないでいたのも事実である。しかし、MBR730から間をおかずして投入した話題性に加え、1ケ月単位で仕様変更を行う精力的な開発姿勢が実を結び、IRCは多くのライダーたちから再び信頼を勝ち得ることに成功したのだった。

 もはや世界選手権の50ccクラスともいえる様相を呈していたレース最盛期、とある大会でダンロップの開発ライダーがこう口にした。「MBR740の良いところを解析して作ったのが、この(最新の)TT91なんですよ」

 若き日の青木三兄弟や芳賀紀行といった日本のトップライダーしかり、9度のワールドチャンピオンシップに輝くバレンティーノ・ロッシも履いたMBRシリーズは、ダンロップやブリヂストンと真正面からぶつかり合いを演じながら、著しい進化を果たした。そしてMBR750となった現在も、MBR=ミニ・ボーイズ・レーサーの名のとおり、夢見る若者たちと時代を築き続けているのだ。